というわけで、長いのでちょっと分けて……軍争篇も後編ですね。
今回は、勢篇でも語られていた勢いの力。そのおさらいと応用編、実戦編についてです。
華々しい活躍は、だいたい勢いから生じていた……?
衆を用うる法
さて、この軍争篇。実は「機先を制す」他にもう一つ、大事なことを書いています。
それは、兵士のモチベーション、気力のこと。
孫子よりも前に書かれた兵法書には「口頭の命令は、何千何万がひしめく戦場で聞こえる物ではない」とあり、とても音声だけでの指示は周囲に行き届きません。
だからこそ、昼間は目印ののぼりや旗、夜ならば太鼓などの音の出る物を部隊指揮に使います。
こういった類のものは指揮系統を統一し、兵たちの役目を明確にしてくれます。そのため、指揮系統がしっかりした舞台では勝手に突っ込
んで孤立する者もいなければ、勝手に逃げ出す者もほとんど出ません。
統制がしっかりしていれば、兵士も動き方がわかるため、混乱することもなく気力もそがれにくいのです。
こうやって指揮系統をしっかりし、何に従うべきかを明確にしておくことが、用兵、統率の秘訣と言えるでしょう。
明確な目標、クリアで矛盾のない指揮系統……
やることがわかってれば不思議と「やるか!」とも思えてくるし、目標も何に従うべきかもわからん中じゃ、逆にモチベーションも下がるよな!
上がしっかり目標と筋道を立て、指揮命令の系統をしっかり保っておくことも組織運営には大事なことってわけだ
当然、これは敵にも言えること。このメカニズムがわかっておけば、敵の軍勢の気力を奪うこともできますし、敵将の精神を奪うこともできるのです。
佚を以って労を待ち、飽を以って飢を待つ
戦上手の将軍は、ほとんどの場合は気鋭の高い相手には挑みません。疲れなどから気力が下がったところを攻撃します。
軍隊の気力を一日の動きで表すと、まず早朝の起きたばかりのころは非常に気力が高くなります。午前中は体力もあって、気力がみなぎっているわけですね。
ところが常に全力をキープできる集団などあるはずもなく、昼頃になると少しずつ気力が衰え、夕方になる頃にはすっかり緊張の糸はゆるんでしまうのです。
また遠征軍が膠着状態に陥ってしまった場合も、長い旅先での長期対陣によって衰えていくものです。
こうやって気力の落ちた時こそが、攻撃の狙い目。
こちらの気力が充実した状態で疲れた敵を討ち、整然とした軍勢で乱れた敵陣を切り裂き、慌てふためく敵を冷静に撃破する。これが、敵の気力を奪い、敵将の心を奪うという行為なのです。
敵を攻めきれるタイミングまで無理せずじっくりと気力を整え、ここぞという時に怒涛の勢いで敵を打ち破る。これが戦上手の戦い方というわけですね。
こなお、の辺の勢いの話は、勢篇で詳しく述べられています。
用兵の法
軍争篇の締めくくりに、孫子は「勢いのある敵と戦わず、また敵に勢いを与えてはならない」と説いています。
高陵勿向
背丘勿逆
佯北勿從
鋭卒勿攻
餌兵勿食
歸師勿遏
圍師必闕
窮寇勿迫
高陵には向かうことなかれ。
丘を背せにするには逆かうことなかれ。
佯り北ぐるには従うことなかれ。
鋭卒には攻むることなかれ。
餌兵には食らうことなかれ。
帰師には遏むることなかれ。
囲師には必ず闕き、
窮寇には追まることなかれ。
高い場所では位置エネルギーが発生し敵も勢いづくため、高所の敵を攻撃してはならない。
丘を背にする敵とぶつかってはならない。
敵地の険しい土地の敵と長く対峙してはならない。
偽退却につられて深追いしてはならない。
勢い盛んな敵にぶつかってはならない。
敵の誘いに乗って囮の部隊に食いついてはならない。
敗北して故郷に帰っていく敵を追ってはならない。
完全包囲した敵には一ヶ所逃げ道を確保し、追いつめすぎて決死の覚悟を抱かせてはならない。
高所の敵が突撃してくるときは坂で発生する位置エネルギーによってとんでもなく勢いが付きます。突撃するにも射撃戦を仕掛けるにも、山や丘の上というのは絶対的有利な土地なのです。敵がそれを利用できるようなら、地形利用を封殺できない限り挑むべきではないというわけですね。
そして、相手も人間であることを忘れてはなりません。誘いのために偽退却や餌となる囮部隊を繰り出してくることになるでしょう。「詭道」、つまり騙し討ちが勝利を呼び寄せるのは、相手も同じことなのです。
中途半端な譲歩、退却、敗走。この辺りは疑ってかかるのが間違いないです。
また、相手にも気力や感情があります。気力盛んな時は、一致団結して異常な戦闘力を見せてくることがあるわけですね。
特に負けて自領に引き返していく敵軍は、すっかり帰宅モードに入れ替わっており、早く帰りたいわけです。長い長い出張から帰れると思ったのに邪魔が入って帰れない……こんな時は、もう本気でがむしゃらに戦うのは目に見えています。
追いつめられた敵を刺激する際も、慎重な選択が必要です。窮鼠猫を噛むという言葉が、そっくりそのまま追いつめられた敵軍に当てはまるわけです。
例えば1614~1615年の「大坂の陣」なんかは、まさに追いつめられた敵がどうなるかが如実に見えているな。
徳川軍は食い詰め浪人を皆殺しにするつもりで仕掛けた戦いだった。
で、勝つか死ぬかの二択に追いつめられた豊臣軍はもはや意味の分からんレベルの活躍を見せ、昨今でもトップクラスの人気を勝ち取るほどの武勇伝として語り継がれている武将もポツポツいるというわけだ。
普通の喧嘩でも、追いつめすぎた相手はマジでヤバいから、勝ちが確定した辺りで手加減してやることを勧める
敵味方の気力を推し量り、敵の狙いを読み切り、的確に釣り出して機先を制す。これが、軍争篇で言いたいことなのです。
ちょこっと解説
大坂の陣の無双状態
大坂の陣は、冬、夏の二度に分けて行われ、最初に起こった冬の陣では、講和の後、徳川軍が手違い(という名のわざと)で大坂城の堀をすべて埋め立ててしまい、これによって大坂城の防御機能は失われてしまった。
結果、豊臣軍は次の戦の際、数で圧倒的に勝る徳川の軍勢相手に野戦を繰り広げる羽目になってしまった。
さらには、急な天候悪化で豊臣軍の奇襲も失敗し、徳川軍はこれに乗じ、大軍の利を利用して豊臣の各軍を各個撃破していった。
……まあ結論を言えば徳川軍の勝利により豊臣は滅亡、戦国の世は終焉を迎えたのだが、この時の豊臣軍の働きはまさに戦鬼とも言うべきものだった。
その働きたるや、潰走し部隊が崩れる軍多数。討死する将や部隊が半壊する将も出て、さらには徳川軍本陣にまで敵兵の一部が到達するなど、楽勝ムードとは異なり快勝とは言い難い有様だった。
真田幸村(本名は信繁)、後藤又兵衛、毛利勝永らをはじめとしたヤバい面子が豊臣についていたのは言うまでもないが、それ以上に死ぬしかない豊臣と勝ち戦で弛んでいた徳川、それぞれの兵の覚悟の差が、こんな予想外の事態を生んだと言っても過言ではない。
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