孫子の教え:第十二回 『火攻篇』
火は、人の恐怖心を誘います。
そのため、古来の戦争では火攻めによって敵の勢いを挫いて勝利を決めた例も少なくありません。
というわけで、今回は火攻めを用いる際の有効な戦い方についての紹介ですね。
当然、火攻め以外の戦争理論に関しても少し言及しているところもありますので、ぜひご一読を。
凡そ火攻に五あり
孫子は、敵味方が行う火攻めのパターンを5つに分けて解説しています。それぞれ、
1.兵士を直接焼き討ちする
2.敵が貯めている兵糧を焼く
3.武器や防具などの軍需品を焼く
4.財宝や器物を焼く
5.橋などの通路を焼く
意図的な放火の場合は、相手が困るように火をかける必要があるわけですね。
例えば直接兵士を燃やすのは言うまでも無し。兵糧や軍需品が燃えると、燃えた数だけ不十分な戦いを強いられますし、せっかく集まっていたものが燃やされるのは敵にとってもショックが大きいです。
財宝や器物の場合は戦争そのものにこそ影響しませんが、燃やした財貨の中には敵軍が兵士にばらまくつもりだった恩賞目的の財貨のように士気に直結するものも含まれます。
通路を焼かれる場合でも、少なくとも消火や橋の建て直しなどをしなければ燃やされている部分を通行できません。そして、その次官が勝敗の決め手になることもままあります。
また孫子は、「火を使うにも条件が必要である」とも述べていますね。
例えば、よく乾燥している日。冬場なんかは特に乾燥しやすく、よく注意喚起が呼びかけられていますが……まさにそういう季節、そして風の強い日。こういった状況下では特に火は派手に燃え上がり、火攻めの効果はより高いものになるわけですね。
というわけで、放火をするなら乾燥時。これは意図したものに限った話ではありません。
火さえついてしまえば、条件次第で延々と燃え上がってしまうわけですから、寒い時期は失火には気をつけましょう。
今となっちゃ当たり前の話しかしとらんが……よく考えると、これはロクに自然学も進んどらん紀元前の話なんだな。
天才は、理論的に物事が証明される前に、何となくその物事の流れや理屈を理解しているものなのかもしれんな
日者月在箕壁翼軫也
凡此四宿者 風起之日也
日とは、月の箕・壁・翼・軫に在るなり。
凡そこの四宿は風起こるの日なり。
孫子はこんな感じでおおよそ風が起こりやすい瞬間を、箕(キ)・壁(ヘキ)・翼(ヨク)・軫(シン)の四つに特定して説いています。
なにやら難しい用語が出てきましたが……これは古代中国の星座のようなもので、それぞれ二十八宿という天文学、占術思想に基づいた区分けの一つです。
まあ自然の力に対して「確実」と言える理論は無く、これは孫子のこの「風が起こる瞬間」も、長年の経験によってある程度絞っているのです。
火を以って佐く者は明なり
さて、続けての一文では、今度は火をつけた後の5パターンの変化と、それへの対応策を孫子は述べています。
1。味方が放った火が敵の陣中で燃え上がったとき
⇓
火計成功。素早く呼応して攻撃すべし
2.火の手が上がったのに敵が慌てる様子がない場合
⇓
敵の計略の可能性あり。しばらく待って様子を見て、敵が慌てて攻撃できそうなら攻撃。無理ならば攻め込まない。
3.敵陣の外からも火をかけられそうなとき
⇓
敵の陣中で火が上がるのを待つ必要なし。機を見て外から放火する。
4.風上から火が上がり燃え出した場合
⇓
風下からの攻撃はNG
5.昼間の風が長く続いた場合
⇓
夜風の風向きが変わりやすい兆候。夜中の火攻めはやめておくこと
と、こんな感じの5通りに分かれるわけですね。
また、孫子は次には水攻めと火攻めの違いにも言及しています。
故以火佐攻者明
以水佐攻者強
故に火を以って佐く者は明なり。
水を以って攻こうを佐く者は強なり。
火攻めを使う者は聡明、対して水攻めを使う者は兵数が多い者、としています。
火攻めは敵の遮断と攻撃を同時に行うことも可能ですが、水攻めでできるのは敵軍の遮断のみ。
火はすでに敵が蓄えている物資も燃やせますが、水は敵の蓄えを奪うことはしないのです。
当然、水攻めが弱いってわけじゃないんだけどな。
ただ、やはり水攻めは効果対条件の問題城、使われる機会はあまり多くないのは事実だわな
国を安んじ軍を全うするの道
夫戰勝攻取 而不修其功者凶
夫れ戦勝攻取して、その功を修めざるは凶なり。
戦いに勝って利益を得ながらも、矛を収めずいつまでも戦争をするのはとんでもない悪手である。
というわけで、火攻めとは別の、我々にとっても役に立つ部分が火攻篇の最後に記載されています。
そもそも孫子においての戦争は、「国益のための最終手段」であり、痛みを伴う大変な事態であるから早めに切り上げるのが鉄則です。
孫子は、こんな惰性でいつまでも続ける戦による費用を費留(ヒリュウ)と呼び、忌み嫌っているさまが見受けられます。
戦争は国家の大事。孫子は、その兵法書の冒頭でそう述べています。
戦争は合理的判断の元で行い、利益を得て早めに切り上げるものなのです。
それを君主の勝手な怒りで戦争を始めたり、将軍の感情で長引かせてはならないのです。
怒りのような感情はいつか晴れる日がきますが、そのために滅んだ国は二度と帰ってくることはありませんし、その戦いで戦死した兵士は生き返りません。
それがわかっている聡明な君主や将軍は、戦争のタイミングは常に慎重に決めるのです。
激情や余計な一存によって戦争を起こしたりせず、冷徹な計算によってしっかり戦争について勘定することが、国家安泰、軍を保全するための道なのです。
「国力がなんだ。兵の命がなんだ」
こんな感じの暴君は、たいてい滅んでるわな
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