孫子の教え:第五 『勢篇』

孫子の教え:第五 『勢篇』

 

 

 

 

 

まず形を整え、その後は勢いに乗って戦うのが最良。

 

 

 

戦争は個人能力によって無双するようなものではありません。全員で一丸となって戦うものです。

 

だからみんなで力を合わせるために、そうなるよう仕向ける空気が必要になるわけですね。

 

 

 

今回は、そんな集団で織りなす「勢い」のエネルギーを説く『勢篇』です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是なり

 

 

 

少数精鋭での動きならともかく、万単位の大部隊の指揮ともなると、統率をとるのも大変な仕事です。

 

にもかかわらず、そんな大軍をまるで小勢を操っているかのような恐ろしい動きを示す将軍も歴史には大勢います。

 

 

そんな人たちは例えばどうやって指揮をとっているのか? そのノウハウについて、勢篇冒頭では述べていますね。

 

 

 

凡治衆如治寡 分數是也
闘衆如闘寡 形名是也

 

 

衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是なり

 

衆を戦わしむること寡を戦わしむるが如くは、形名是なり

 

大軍が小勢であるかのように整然としているのは、部隊編成がしっかりしているからである。
大軍が小勢であるかのように戦うのは、旗や鳴り物――つまり、指揮系統が整ってはっきりとしているからである。

 

 

 

つまるところ、指揮系統と役割がしっかりと割り振られていると、その分統制が取れやすいというわけですね。

 

 

兵たちは上官の指示によって動きますし、独断での行動は原則許されません。だから、どこまでうまく戦えるかはその軍の指揮官次第というわけですね。

 

 

 

特に入ったばっかの新米なんかに言えるが……

 

 

基礎の基礎、つまり自分がどんな役目や役割を負っているかがわからなきゃ、自分で役割やすることを考えるのは無理なもんだ。

 

 

役割があやふやなまんまで自主的に動くように言っても、余計な事ばっかりするのは道理だわな


 

 

目的、役割、そして賞罰。この3つがしっかりと下っ端の兵士にも理解できるようになると、その分指揮もとりやすくなります。

 

 

逆に目的は伝えない、役割を聞かれても「自分でどうにかしろ」、賞罰も好き嫌いやその場の讒言ばかりで決定……これでは兵士たちも動きようがありませんし、賞罰がめちゃくちゃだとやる気も起きないですね。

 

 

勢いとは、つまり兵士一人一人のエネルギーから生まれるものです。

 

ならばこそ、そのエネルギーの向く先と、放出するタイミングをきちんと見極め、いい塩梅に調整してやるのが指揮官の仕事というわけです。

 

 

 

 

 

 

 

正を以って合し、奇を以って勝つ

 

 

 

 

指揮官は忙しい。兵士たちの管理は大前提やるべき仕事として最重視されますが、それも敵に勝てなければ意味がないのです。

 

 

そこで、孫子は、「正攻法と奇襲奇策の使い分けがしっかりしており、虚実運用(敵に弱点を悟られず、こちらは弱点を思いっきり攻撃できるためのアレコレ)が巧みな者」を勝てる将として述べています。

 

それを表した一文が、見出しにある通りの文章ですね。

 

 

戦いの基本とは、まず定石通りの戦法――つまり正攻法にて敵を迎え撃ち、上手く戦場の空気を見極めて奇策を打つ者が勝つと述べられています。

 

 

つまり、どれだけ格好いい奇策や奇襲も、まずは定石通りに有利な場所に陣取って、有利な状況を作ることで可能になってくるというわけですね。

 

 

 

当然、戦場は変幻自在。必ずしもこの定石が当てはまることはありませんが……おおよそ、奇策も真っ当な計算に裏打ちされて、敵味方を定石通りの物差しで推し量った上で編み出されることは忘れてはなりません。

 

 

にもかかわらず、奇襲の上手い将軍は戦い方も空気に合わせて変幻自在ですから……これまた恐ろしい話ですね。

 

 

 

正攻法から奇策が生まれ、奇策から正攻法が生まれ……

 

 

結局、どちらもバリエーションは無限大。

 

 

生まれた策の数だけ正奇両方が生まれていくわけだな


 

 

音楽も一定の音階からなりますが、組み合わせは無数にあります。色も原色は基本三原色(赤、青、黄色)に白と黒を混ぜた5色だけですが、組み合わせによってさまざまな色が生まれています。

 

 

これと一緒で、奇策も正攻法から生み出され、生まれた奇策に対応するために正攻法も塗り替わっているというわけですね。

 

 

 

どれほど奇をてらった戦法でも、やはりどこかに基本を意識した部分があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

勢は弩を引くが如く、節は機を発するが如し

 

 

 

 

戦いには、勢いと同意にそれを発する節目があります。

 

 

 

激しい水流が岩をも押し流す力を勢いと言います。そして、タカのような猛禽類が狙った獲物をしとめる際に繰り出す強烈な一撃は節です。

 

 

 

つまり、

 

勢=エネルギー

 

節=エネルギーを放出する瞬発力

 

 

というわけですね。

 

 

勢いは思いっ切りつければ、莫大なパワーを生み出します。ですが、そのパワーは永続的に続くものではありません。全力で戦う兵士は、その分バテるのも早いのです。つまり常時フルパワーは人間を辞めないと不可能なわけですね。

 

だから、力を発揮するべきタイミングを見極めて、上手く見極める必要があります。

 

 

戦いの上手い将軍は、しっかりとチャンスが来るまで兵に気力を温存させます。そして、時期が来れば瞬発的に力を発して一気に敵を粉砕するわけですね。

 

 

 

 

 

利を以って之を動かし、卒を以って之を待つ

 

 

 

 

 

戦いの場の勢いというのは本当にコロコロ変わるものです。

 

 

整った部隊も簡単に混乱に変わりますし、臆病も勇敢の中から生まれます。剛強から軟弱が生まれることだってあります。

 

 

こんな感じで、空気によって簡単に態勢が反転してしまうのも戦場ではよくある事なのです。

 

 

 

孫子は、この3つの対比ついて、以下のように述べています。

 

 

治亂數也 勇怯勢也 彊弱形也

 

治乱は数なり。勇怯は勢なり。彊弱は形なり。

 

 

混乱するかどうかは、部隊編成の問題。

 

勇敢となるか臆病となるかは、勢の問題。

 

強いか弱いかは軍の態勢の問題。

 

 

つまり、部隊編成が偏れば混乱しますし、勢いが相手にあれば味方も怖気づきますし、まともな態勢や指揮系統ができていなければ精兵も弱くなるわけですね。

 

逆に主導権を常にこちらが握っておけば敵は怯え味方は勢いが付きます。そして裏をかいて態勢を崩してやれば、敵はまともに対応できず簡単に突き崩せるわけです。

 

 

 

そこで考えられることが、見出しの文章ですね。

 

以利動之 以卒待之

 

利を以って之を動かし、卒を以って之を待つ。

 

 

つまり敵を誘い出して、罠や自軍に有利な体面に誘い込むわけですね。

 

 

 

明確に相手の欲しいものを突きつければ、相手はそれを取りに動くでしょう。そこで、敵の欲しいものをつぶさに分析し、それを罠の前に置いておくのです。

 

 

そして動いた敵の裏をかくようにこちらが動けば、戦いに勝てると説いていますね。

 

 

 

 

敵に誘いをかけるときは、明確に敵の利益になるものをちらつかせるといいわけだな!

 

罠とわかってても味方の勢いに乗せられて飛びつかざるを得なくなる……こういうのも昔の戦争見てるとよくある事だったみたいだ


 

 

 

 

 

 

勢に求めて人に責めず

 

 

 

孫子はとにかく個人武力よりも集団の力学をはるかに重視しています。一人一人の能力や武勇に期待するより、勢いづいた集団が突撃したほうが戦場では効果が絶大であると説いているわけですね。

 

 

 

戦上手は勢いをうまく利用して勝つ

 

 

 

石や木材が斜面を転がり落ちるような、そんな戦い方を孫子は良しとしているわけですね。

 

無論、そういうシチュエーションを作り出すことの方がはるかに大事なわけですが……機を見て動かなければ、勝てる戦いも勝てません。

 

 

だから、好機を見ると怒涛の勢いで畳みかけることが勝つ秘訣の一つと言えるわけです。

 

 

 

平面上で微動だにしない巨岩と谷底へと転がり落ちる石ころだと、石ころのほうがエネルギーを発しているというのと似たような解釈ですね。

 

 

とはいえ、石ころも斜面を下って止まってしまってはエネルギーはゼロ。人の力も尽きればゼロです。

 

 

というわけで、指揮官の仕事は力の向く先と放出のタイミングを管理し、集団エネルギーをうまくコントロールすることであるというわけです。

 

 

 

個人能力の高い面々が集まっても、指揮する人間がダメならまるで使い物になりません。有能な指揮官の元なら、凡人でも集団エネルギーをうまく使ってそこそこ以上の成果を上げられるというわけです。

 

 

孫子は、紀元前数百年の時から、こんな集団の力の重要性を訴えていたのですね。

 

 

 

         




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