呉子:三章  『治兵』 後編

呉子:三章  『治兵』 後編





呉子の教えでは、原則として戦争を厳しいものと割り切っての教訓が多く、書かれている内容はなかなかにえげつなかったり、戦争に特化して詳しく書かれている分生々しい部分も多いです。


今回は、「戦争とは何か」という部分に主眼を置いて語られている、治兵の後半部分の解説ですね。



人を統括するのも、かなり大変な作業なのです。





死を必とすれば則ち生く




孫子でも似たようなことを書かれていたかと思われますが……戦場とは死ぬために行くような場所です。

だからこそ、滅多にするものではありませんし、やる以上は腹をくくるべきなのですね。



必死則生 幸生則死


死を必とすれば則ち生き、生を幸とすれば則ち死す


窮地というのは意外な物で、覚悟を決めて真正面を向いたほうが、なんとしても避けて逃げきろうとするよりも生存率が高くなります。


良将とは、すなわち穴の開いた船に乗り、焼け落ちる建物の中で寝ているかのような感覚を、戦場では常に抱き続けて覚悟を決めているようなもの。

それだけの覚悟を抱いて戦う将は強く、どんな策やどれほどの猛将を相手にしても負けないと呉子は述べています。



要するに、覚悟が決まる=迷いが消え去るという事ですね。迷いを捨てて一心に目的へと向かう将は、まさに無敵なのです。



 

何かの行動を起こすにしても、とりあえず逃げ道を残して始める人間と追い詰められてそれしかないから行動する人間とは、突破力や破壊力が段違いだわな。

当然、何事も迅速果断に、かつ要所で全力を注いだ方がいい結果を生むことは多い







教戒を先とす




戦場での敗北や将の討死には、相応の原因があります。呉子はこれを「能力不足が敗北や死を招いているのだ」と述べていますね。うん、手厳しい。


したがって、無能を一刻も早く減らすのは戦いの場では急務。


当然、これは能力のない者を排除するのではなく、能力のある者を育てていき、育った者がまた別の者を育て、教えが広がれば広がるほど無能は減っていくというわけです。


一人學戰 教成十人
十人學戰 教成百人

一人戦いを学べば、十人を教え成し、
十人が戦いを学べば、百人を教え成し……


と、こんな感じでたった一人から十人、十人から百人、百人から千人と教えを広めることで、自力でどんどん有能な将兵を増やしていくのが肝要、という事ですね。


 

言っちまえばネズミ算式だな。

こうやって拡散していくと、最終的に広がりは大きく、早くなる。


当然、これには学んだ奴がしっかりと理解できていることが前提だがな!






孫子の説いていた迂直の計も……




以近待遠 以佚待勞 以飽待饑

近を以って遠を待ち、佚を以って労を待ち、飽を以って饑を待つ



戦いはだいたいどれも同じですね。こちらは準備万端な状態で相手を待つ。相手にハンデを背負わせれば背負わせるほど、こちらがどんどん有利になります。


近場で待ち構えて遠慮はるばるやってきた敵を迎え撃ち、充実した状態で敵の疲労を待ち、しっかり食べて英気を養い敵の飢餓を待つ。



そしてやはり、変幻自在の戦いぶりで相手を撹乱することを、呉子も強く推しています。


円陣を敷いたと思えば今度は方陣に変わり、座っていたかと思ったら突如立ち上がり、左かと思わせて実は右、退いたと思えば前進、散ったと思えば集まって、集合したかと思えば散開する。


要するに、敵に手の内を見せずに混乱させることが、強い軍隊の証なのです。



当然、こういった戦い方を身に着けた兵は強い。日頃の訓練によってこれらを身に着けることが、精強さにつながるわけですね。






戦いを教うるの令





それはズバリ……適材適所。これに限ります。


人には適性や性格とのマッチングがあります。1ができるからと言って10がこなせるとは限りませんし、1つの事がこなせないから完全無欠の無能というわけではありません。


背の低い者は矛や戟を持って白兵戦要員に、背が高ければ弓や弩による遠距離射撃をさせる。

力が強ければ旗を持たせ、勇敢な者は合図の鳴り物を持たせればよい。

戦争向きではない弱い者は実戦ではなく補助要員に回し、頭がよければ参謀として起用。



こんな感じで、それぞれの特徴に合わせた起用が、真に強い組織を作る秘訣なのですね。


 

人材は「有能、無能」の二種類だけじゃないってことだわな。


バカだが腕力に自信がある奴に経理をやらせりゃクソ以下の無能だし、逆にモヤシ体型ながら知恵者と言える奴に土方をさせりゃ欠片ほども使い物にならん。


ようは「バカとハサミは使いよう」ってやつだな




また、合図や号令の徹底も大事なことですね。

戦場では太鼓の音が何回聞こえたかとかの信号形式の物がメインになりますが……現在では隠語とかがこれに当たります。


こうやって適材適所と指示や合図の教育徹底させて初めて、軍隊や組織は満足に動けるようになるのです。







地形や風向きのアレコレ




やはり、戦場では地理地形がつきものです。


無當天竈 無當龍頭

天竈に当たる事無かれ。龍頭に当たる事無かれ。


地形の話は専門用語がジャンジャン飛び交い、なかなかに頭が痛くなる話ですし、かなーり複雑な説明が必要になるので省きますが……


要するに天竈とは天のかまど。つまり巨大な渓谷の出入り口。龍は大きな山を見立てた言葉で、頭という事はつまり、巨大な山の端の方に値する言葉ですね。


この辺りは高低差があり勢いも生まれやすく、何より視界が切れやすい場所です。奇襲を受けやすいので、布陣するのは大変危険というわけですね。


旗に関しても、中国式の五行の術式に則って、左に青龍、右に白虎、朱雀は前、玄武を後ろにという決まりがありますが……まあ、この辺はマニアの自己満足くらいにしか役に立たんか←



ちなみに勢いや火計の影響から、風も戦い方に影響します。追い風ならば声を大にして進撃し、向かい風の時は守りを固めて静かに待つ。この辺も、呉子の必勝戦術には必要な事だったのでしょうね。





卒騎を養う




治兵の章の最後は、軍馬の養い方についての教えになっています。さすがに一般家庭で馬の育て方なんてアレでしょうが……まあ「備品はしっかりした環境に保管すること」という教訓として受け取っていただければ幸いです。


まず馬は生き物ですから、静かな環境で落ち着かせて育てるのが理想となります。


当然、水や飼料もバランスを考え過不足なく与えることが重要。夏は涼しく、冬は暖かくしてやるだとか、たてがみを短めにして蹄は慎重に切り落とすなど、これらも馬を育てる上で重要なんだとか。

こうやって丹念に世話をして、訓練もしっかりこなさせ、人に慣れて懐いた馬こそが、ようやく実戦に立てるようになった軍馬と言えるでしょう。


他にも、馬は乗りはじめに傷つきやすいとか、食べ過ぎた時に決まって病気になりやすいとか、疲れさせないようにたびたび降りて移動すべきとか……とにかく、馬も疲れさせないようにしっかり管理するのが重要なわけですね。


 

まあアレだ。

備品は乱雑に使いまくると壊れやすいし、人も疲れ果てた中で強引に使い潰そうとしても上手く動けず役に立たん。

何事も、適度に休ませ、しっかり管理し、特に重要でもない局面では余力を持たせて有事に備えさせる。


人でも馬でも、この辺の心遣いは十全に人を使う上で重要な心構えだろうよ




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