孫子の教え:第十三 『用間篇』

孫子の教え:第十三 『用間篇』

 

 

 

現代では産業スパイの類は禁止されていますが、それでも「法律など知った事か」とばかりにスパイを送り込んだり、役員らを買収したりする企業がたまに問題になっています。

 

 

どうしてそんなことをするのか?

 

 

これの答えは、ズバリ「情報は戦を制する」。これに尽きるわけです。

 

 

現代でこそ厳格に禁止されているスパイですが……昔の戦争下での主な情報源は、スパイによってもたらされるものが主だったのです。

 

 

 

というわけで、孫子兵法最後の一節は、スパイ活用法などを含む「用間篇」。

 

 

 

 

 

 

 

人に取りて敵の情を知る

 

 

 

 

 

一度十万の兵を動かそうとすれば、必要経費は一日に千金にも上る。これは作戦篇でも述べられていることですね。

 

そして、これだけの大軍勢を動かす場合、その影響を大いに受ける家庭は、実に70万戸という大変な数に上るため、戦争が長引けば長引くほどダメージはマシマシで大きくなっていきます。

 

 

というわけで、戦争において褒賞、爵位といったスパイへのご褒美をケチっていては、敵の情報はつかめません。

 

だからこそ、褒賞をケチるような人物は仁愛の人とは対極に位置し、孫子は「真の勝者とは言えない」と断言しています。

 

 

 

そもそも、成功に必要なのは情報です。あらかじめしっかりと情報収集をできなければ、それだけ成功は遠のいていくのです。

 

インターネットでの情報収集が可能な現在ならばともかく、昔の、しかも戦争はスパイによっての敵情観察も絡めた内外の情報をしっかりと集めることが成功……勝利の秘訣です。

 

 

そしてその情報がどこからもたらされるのかと言うと、ズバリ人――間諜なのです。

 

 

 

先知者不可取於鬼神
不可象於事
不可驗於度
必取於人 知敵之情者也

 

 

先知なる者は鬼神に取るべからず

 

事に象るべからず

 

度に験すべからず

 

必ず人に取りて敵の情を知る者なり。

 

 

 

神頼みで情報は得られないし勝てるわけもない。

 

天の巡りやお告げ、突然のひらめきや自然の巡りで情報を得られる化け物なんざいない。

 

 

過去の事象を元にしたデータだけでは得られる情報は万全じゃないし、天気や自然の巡りから得られる情報も然り


 

 

 

 

 

感を用うるに五あり

 

 

 

 

孫子は、スパイのありかたをおおよそ5つに大別しています。

 

 

スパイの種類は、だいたい以下の通り。

 

 

 

キョウカン

郷間

村や里の土着の民間人を使ったスパイ。因間とも。
ナイカン

内間

敵軍の内通者。彼らも敵軍の情報をこちらに流してくれる。
ハンカン

反間

敵のスパイでありながらこちらのために動いてくれる、言うなれば二重スパイ
シカン

死間

死ぬこと前提で、命懸けの工作を行うスパイ。敵に偽の情報をバラまいたりして敵を撹乱する。
セイカン

生間

まず死ぬことのない、生還するスパイ。例えば敵情に詳しい高官だったり、比較的安全な区域での情報収集だったり……

 

 

孫子は、これらを

 

人君之寳也

 

人君の宝なり

 

と称し、まさしく重宝すべきものと考えています。戦争の裏でこういう危険なスパイ行為が横行していたとなると……ちょっと裏方にも興味がわきませんか?

 

 

まあその話は置いておくとして……先述の五の間諜がすべてしっかりと機能したうえで、しかもそれを悟られないというのが、まさに究極の理想であるともしていますね。

 

 

孫子において最良の戦は、戦わずして勝つ。戦いの舞台に立つ前にすでに決着が見えているという展開です。

 

そのためには謀略、外交と様々な手を打つわけですが……こういった戦い方を実現するためには、まず何よりスパイから得られる情報がまず重要だったのですね。

 

 

 

 

とまあ、そこまで重要な地位を占めるのが、当時のスパイという役職です。そのため、褒章は最も厚く、また味方内で敵のスパイを行っている者の罰則も厳しく迷いがないものでなければなりません。

 

当然、その情報を掴んだ者も殺さなければ、機密情報はバレてしまうから大変ですね。

 

 

賞莫厚於間 事莫密於間

 

賞は間より厚きはなく、事は間より密なるはなし。

 

 

情報は、いつの時代においても競争の際の命です。機密情報の取り扱いは厳重に注意すべきですし、その判断材料を持っている人間は全力で重用するのが当たり前とまで言えます。

 

 

 

現代でも、例えば仕事を有用にこなせるシステムの組み上げ方や、きっちりした顧客の要望等々……こういった情報を正確に把握できている人材は軽視すべきではありません。

 

どうにも人間、こういう物を持っている人よりも、システムや要望そのものを意識しがちですが……例えば仕事をこなすためのシステムは、その人がいないと量産もメンテナンスもこなせませんし、顧客情報もいつコロッと変わってしまうかわかりませんね。

 

 

大事なのは物や結果ではなく、それをもたらすだけの情報や知識を持った人なのです。

 

 

 

事の真理をしっかり把握、分析できない奴は上にふさわしくないともいえるわけだな。

 

情報や結果を愛しても、それらをもたらした人は尊敬もしないし、逆に見下したり軽視する。

 

 

 

こういう人間は、人を率いてもいつかコケるだろう


 

 

 

 

 

 

五間の事は主必ず之を知る

 

 

 

 

 

さて、スパイが何を知るべきかは、上がきちんと命令しなければ事はうまく運びません。

 

というわけで、スパイに情報収集をする前に、まずは敵の大まかな情報(軍隊、城、そして討ち取りたいターゲット)の守将や近臣、取次ぎ役や門番、従属する役人などの姓名を知らなければなりません。そして、名指しで「こいつについて調べろ」と命令するのです。

 

でなければ、スパイも何を調べていいかわかりませんからね。

 

 

 

続けて孫子は五間のそれぞれの扱い方を言及しています。

 

敵のスパイには「我が陣営のほうがオトクだぞ」とアピールし、実際にお得な思いをさせて味方の二重スパイとして使うと、反間の出来上がりです。

 

 

こうしてできた反間の情報によって、郷間や内間といった敵領内のスパイが出来上がっていき、さらには死間による決死の偽報や生間の無事にもつながっていくわけですね。

 

 

 

法律や法則のない戦争では、それだけスパイは重要視されているのです。というわけで、敵からのスパイは

 

1.敵の情報を流してくれる

 

2.元々敵のスパイだから内通がバレにくい

 

という利点もあり、厚遇して二重スパイとして活用してやりましょうというわけですね。

 

 

 

 

中韓の産業スパイによる事件がたまーに問題になっているが……これも、反間と同じ「利益によって人を釣り、そして厚遇することで裏切らせる」という理屈でのやり口だな。

 

 

ぶっちゃけ戦争に例えれば騙される側が悪いわけだし、向こうがやり手だったって話になるだろうが……

 

戦争でもない、平和で法律の生きてる状況下なのにそういう用間の技を使用するのは論外だな。

 

 

 

くれぐれも、リアルの産業スパイ関連やリアルの人間関係上の冷戦で行わないよーに!


 

 

 

 

 

明主賢将のみ上智を以って間者と為して、必ず大功を成す

 

 

 

昔殷之興也 伊摯在夏
周之興也、呂牙在殷

 

 

昔の殷起こるや、伊摯夏に在り。

 

周起こるや、呂牙殷にあり。

 

 

中国の古代王朝は夏⇒殷⇒周と続いていきますが、殷を建国したはじめ、その功臣である伊摯(イシ)と言う人は、スパイとして敵国である夏にいたことがあります。

 

そして、六韜を記したとされる太公望も、自身が仕えた周の黎明期には殷の国でスパイ活動をしていました。

 

 

まあスパイ行為が禁止されている今ではとても使える手段ではありませんが……今でも使える真理を、孫子は最後に述べています。

 

 

 

故惟明君賢將 能以上智爲間者 必成大功
此兵之要 三軍之所恃而動也

 

 

故にただ明主賢将のみ上智を以って間者と為して、必ず大功を成す。

 

此れ兵の要にして、三軍の恃みて動く所なり。

 

 

本当に聡明で優れた人物は、情報のまとめ役や収集役には優れた知者を任用し、そして成功を収めるのです。

 

こういう情報の収集、分析、整理こそが組織の行動の要であり、その情報に沿って動くもの。だからこそ、情報を収集する者は軽視してはならないわけですね。

 

 

 

            




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