三十六計:第七計 無中生有(むちゅうせいゆう)
言葉の意味
無の中に有を生ず。
無中生有(むちゅうせいゆう:「むちゅうしょうゆう」とも)とはズバリ、ハッタリや偽造といった作戦の意味ですね。
万全の備えや自らを上回る力がある敵を攻めたくないのは、相手も一緒。ならば、備えがあると見せかけることも大事な作戦になるのです。
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語源・由来
無中生有という言葉自体の語源は、老子の教えにあります。
「天下の万物、有より生じ、有、無より生ず」
もっとも、これは万物の生成論であり、意味合いはちょっと違う。
兵法や策略としての無中生有は、尉繚子(うつりょうし)という兵法書の1フレーズにありますね。
「有は之を無にし、無は之を有にする」
つまり、あるものをないと見せかけ、ないものをあると見せかける。こうしてハッタリや惰弱アピールで敵を振り回すのは、主導権を握るための効果的な策略です。
要するに……
誑也 非誑也 実其所誑也 少陰 太陰 太陽
誑くなり。誑くに非ざるなり。其の誑く所を実にするなり。少陰、太陰、太陽。
十分な備えがない事を馬鹿正直に見せてしまっては、敵はその部分を全力でド突いてきます。そのため、ありもしないものをあえてあるように見せかけ、ハッタリで無理やり時間稼ぎをするのです。
こうして時間を稼いでいれば、嘘っぱちのデマカセを本物に昇華させることも可能になります。
つまり、単にハッタリをかけるだけで敵が負けを認めてくれるならそれでよし。しかし実際はそうはいかないので、せっかくだからハッタリが現実のものになるよう裏で動くのも一緒くたにやりましょうよという話ですね。
三十六計はちょくちょく似ている物や組み合わせで力を発揮する計略がありますが……この無中生有はまさしくそれ。ハッタリがバレた後、第一計の瞞天過海(まんてんかかい)につなげて敵を驚かす合わせ技の、まさにつなぎの計略でもあるのです。
無中生有→瞞天過海の流れは、ある意味オオカミ少年の原理だな。
嘘つき少年はいたずらで「オオカミが来た」と何度も嘘をついた結果、本当にオオカミが来た時に誰も少年の言葉を信じず、そのまま村の家畜は全滅した。
とまあ不幸な話だが……もしこの嘘つき少年が、村を滅ぼそうとする悪の手先だったら……この大嘘は実に効果的な作戦になるわな。オオカミの来襲に対して何の準備もさせず、あっさり村の生命線を絶ったんだ
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使用例:偽城と偽兵
さて、ハッタリによる勝利は多く存在し、それこそ兵力を多く見せる偽兵の計なんかは古代の戦争における鉄板なのですが……せっかくです。トップ画像の元ネタ、三国志の徐盛(じょせい)という武将の計略を見てみましょう。
三国志における魏(ぎ)の国は強大で、まさしく三国の中で最強の戦力を誇っていましたが、224年、徐盛が所属する呉(ご)を滅ぼそうと、大軍勢を進発させたのです。
この時に徐盛が提案したのが、ハリボテによるハッタリの城の建築。長江沿岸に千里にもわたる長い城壁を偽造し、その付近に無人の船を多く並べてハッタリで追い返すという作戦でした。
魏の皇帝・曹丕(そうひ)は満を持して呉に攻撃を仕掛けましたが、徐盛の作ったハリボテの城と軍にまんまと騙され、「これだけの備えがあったか」と愕然。そのまま収穫もなく返っていったのです。
結局これはハリボテのまま終わったので、どちらかというと樹上開花?
ハッタリで騙していつの間にか優位を取る、という無中生有に忠実な作戦は、先ほどの逸話の数十年前に、乱世の梟雄である董卓(とうたく)という人がやっていますね。
彼は混乱に乗じて上手く都・洛陽(らくよう)を占拠し、天下の覇権を握ったのですが……この時のやり口がまさにこれです。
というのも、董卓はバカにされやすい田舎者の出身で、そもそも持ち合わせの兵力も少数。当然プライドの高い都会派の名士たちは彼を逆に追い払う可能性が高かったのです。
そこで董卓がとった作戦が、この無中生有。夜間全員が寝静まったころに、連れてきた兵士を密かに城外に退去。そして董卓軍の援軍であるかのように見せかけて再び白昼堂々と洛陽に入城させることで、周囲の眼を見事欺いてみせました。
そして周囲が董卓軍の予想外の多さに怯えているのを横目に、暗殺や指揮官不在の兵の囲い込みなどあらゆる手を使って洛陽の兵を掌握。
周囲がハッタリだと気付くころには、すでに董卓軍は手が付けられないほどの大部隊に膨れ上がっていたのです。
最近でも、ハッタリなんかは高評価を得てライバルに差をつけるために使われてるな。
おっさんはどうにもそういうのはニガテなんだが、やる事の有用性は、噛ませ犬として嫌ってほど味わってるよ