呉子:五章 『応変』 後編
応変の後編は、いろんな場所やシチュエーションによる戦い方で、特に戦いに関して詳しく書かれているものです。
詳しく……という事はそれだけピンポイントな話になってくるので、実際に役立てるには、一歩引いた視線が必要があるでしょう。
が、まあ必ずしも役立たないという訳ではないはず。こちらも実生活に応用する手段は思いつく限り上げていきますので、このまま読み進めていただければなと思います。
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困難な場所での苦境を脱する方法
切り立った険阻な地形で何倍という敵の大軍に出会ったときはどうすればよいのか……
まず、険阻であちこちが天然の要害に囲まれた場所というのは、大変危険な場所です。崖や急勾配ばかりでロクな道がなく、撤退するのも進むのも難しいのです。
そんなところで、たまたま圧倒的な数の敵軍に遭遇したら……もはや地獄と言ってもいいかもしれない状況ですね。
そんな状況を見て、呉子はこう述べています。
遇諸丘陵林谷 深山大澤
疾行亟去 勿得從容
諸に丘陵林谷、深山大沢に遇う時は、
疾く行き、亟かに去り、従容たるを得るなかれ。
つまり、速やかに逃げろという事ですね。丘陵、木々の茂った谷、深い山奥、大きな沢……。いずれも、軍事行動には危険が付きまとう場所です。
どう贔屓目に見ても無理で、しかも始めてしまえば引き返すのも無理な事からは、まず逃げてみる。「情けない」などと思う人もいるかもしれませんが、その先に何の希望も無いのなら逃げるのは間違いなく一番の手です。
どうしても逃げられなければ、敵を脅かして、驚いたところを鳴り物を打ち鳴らして攻めかかり、弓や弩での遠距離攻撃で敵兵を生け捕りにするのが吉。そして敵が混乱したならば、なりふり構わず攻撃を続けるのが正解です。
そもそも戦うこと自体無謀な場所での戦いなので、まずは強引に隙を作り、そこからねじ込むように無理矢理突破口をこじ開けるしかないわけですね。
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谷戦の法
続けては、高い山々のそびえる隘路で敵に遭遇し、進も退くもままならない場合の話。
まず、こういった険阻な山岳地帯での戦いを谷戦(コクセン)と呼びます。険阻な地では動きづらいのが常。よって、兵力はアテになりません。
こういった戦いでは、まず少数精鋭での動き、および相手に動きを悟られないことが何よりも重要視されます。
やることは、
1.足の速い少数の精兵部隊の編制
2.四方に味方を潜伏させ、奇襲の構えを取る
3.相手に動きを悟られないよう隠密を心掛ける
この3つ。
出方がわからない相手に馬鹿正直に突っ込むのは下策。それは相手も同じことですから、よほどの愚将でなければ、動きがわからない以上守りを固めるのは容易に想像できます。
そうして相手が警戒したら、次は残った兵で旗を高く掲げて堂々と進軍し、悠々とその地を脱するとよし。
敵はこの時点で何が何だかわからず混乱し、あっけにとられるはず。そこで2の工程で仕込んだ伏兵に攻撃させ、あっけにとられた敵を攻撃するのです。
要するに、困難な状況に陥った時は、まずはどうやって突破口を見つけるかが大事ってわけだ。
五里霧中って状況の中で無理に突き進んでも、上手く行く保障はない。
だったら、あの手この手を使って進むべき道を照らし出そうと試みるのが正解だわな
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高きに上り四望せよ
続けては水戦。と言っても水軍でのぶつかり合いでなく、泥濘に足を取られてろくに動けない湿地での遭遇戦の事ですね。
身動きのとりづらい湿地では、威圧感を与える戦車や足の速い騎兵は使い物になりません。
したがって、必然的に軽歩兵や弓兵などの出番になるわけですが……ここでの遭遇戦は、刃を交える前にやるべきことがまずあります。
登高四望 必得水情
高きに登りて四望せば、必ず水情を得ん。
まずは高台に上って、湿地の形状把握に努めるのが重要という訳ですね。
高台から見下ろせば、川の広さや沼の深い場所などが見えてきて、自ずとどうすればよいかがわかるようになってくるでしょう。
また、敵が渡河を試みた時は、途中まで来て、退くのもままならなくなってからの攻撃が望ましいとのこと。
要するに、困難だからと言って慌てていても仕方がないので、難局にぶち当たったときは、いったん退いてみて広い視野で物事を見渡せという意味ですね。
一見完璧で付け入る隙のない物でも、もっと多角的な一面から見れば弱点があるかもしれません。
固定概念にとらわれてばっかだと、どこかで詰まることもあるだろうし、最良の手が打てないことだってある。
何事も、絶対に正しい道やどんな時でも成功する手段は存在しないんだ。
ひとつの手段や価値観、道筋に捉われない柔軟さが、あらゆる事柄で成功する秘訣なのかもしれんな
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陰湿なれば則ち停まり、陽燥なれば則ち起つ
次は本当にいろんなシチュエーションに則った話をしています。
戦争に限った話ではありませんが、物事には絶好の機会と動いたら危険なタイミングや場所があります。
例えば行軍ならば、道がぬかるんでいるときは避け、日が照って乾いているときに進むといいですし、対陣する際には低地を避けて高所を選ぶのが大原則です。
つまり、どんな物事や道具にも、向き不向きがあるという事ですね。
元代に置き換えれば……昼間の炎天下でライトなど持っていても何の役にも立ちませんし、逆に夜中に釣りなどに行くときにライトがないのは自殺行為です。
こんな感じに向き不向きを考えなければ、どんなにいいものを持っていても役に立たないでしょう。
極端に言えば、人の有能無能もこれに近い話題であることが多いです。
軍師に個人武力は必ずしも必要ないし、一人の武人に弁舌の才能があっても役立てるタイミングは限られている。
いろんな人間を無能呼ばわりしている指揮官ほど、人選を間違ってる物だわな
帰路を撃つべし!
戦争はだいたいが勢いです。勢いに乗った敵を相手にするほど、面倒なことはないです。
しかし、そんな勢い溢れる敵も、帰るタイミングならばどうか……。
ましてや、こちらから強奪した戦利品を目いっぱい抱えての帰還になります。当然動きは鈍く、勝ち誇った様子からは油断も出てくるでしょう。
敵を狙うならば浮足立ってから! その場での勝利ばかりを求めていても、勝つのはなかなか難しいです。
油断させることに勝機があるなら、損失を抑えたまま一度負けてやるのもいい手かもしれないという訳ですね。
ま、戦いってのはその場その場の局地戦だけじゃないってことだな。
帰るまでが戦争。
決着がつくまでが戦い。
なら、最後に勝つためにその場の有利をくれてやるのも、場合によってはいい手なんだろうさ
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民に残心無き事を示す
応変の章の最後には、戦争に勝った後、占領地の心得という物を説いています。
要するに、勝ったらそれで終わりだから何をしてもいいという訳ではないのですね。
おおよそ、必要なことは以下の2つ。
1.民心の慰撫
2.敵の武力の押収
街を占領しても下手に浮かれず、整然と軍を整え、まずは役人を手なずけて兵器を押収するのが先です。
当然、むやみやたらな伐採や略奪、暴行は禁止すること。勝った人間は調子に乗りやすいため、これらを強く禁じなければ誰かが民衆を襲い、そのせいで反抗勢力の火種になるかもしれません。
とにかく民衆に危害を加える気がないことを示し、投降者を寛容に扱って、民衆を手なずける。これが、占領地での心得です。
倒した敵は踏みつぶし、心行くまでいたぶって、盗る物盗って放り捨てる。
この方法はその場はいいかもしれんが、敵を増やして後で大変な目を見るかもしれん。
短絡的な損得でなく、先の先まで見据える目を持っておきたいものだなあ……