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呉子兵法とは何ぞや?

 

 

 

 

呉子兵法。今でこそ全然知られていない兵法書ですが、戦乱の世の中にはおいては「孫呉」などと呼ばれ、孫子と並び称された兵法書でした。

 

 

その広まりようは、韓非子というこれまた有名な古書をして、「一家に孫呉が各一冊!」などと言われるほどで、とにかくあらゆる人々に愛読された、まさに伝説のバイブルと言えるものだったと言われています。

 

 

 

で、肝心な呉子兵法の中身なのですが……言ってしまえば徹底的な現実主義&実践向けといった内容。孫子は割とフワッとした表現が多く現代にも引用されていたりもするのですが、呉子はとにかく詳しく、現代風に言うなれば「この戦況ではこの方法がオススメ!」といったかかれ方がなされた一冊となっています。

 

 

そのため、まあ現代で見向きもされないわけですね。

 

 

 

しかし、本当に引用できる部分が無いかと言われると、そんなことはなし!

 

 

しっかりと人の心理や状況に踏み込んだ考察や対処法が記されており、ちょっと強引な解釈や一歩引いた見方などの工夫が必要な物の、十分に活用可能なものとなっています。

 

 

 

 

つーわけで、うちではその「強引な解釈」を元に現代での活用法にも転用した書き方をする場合がある。

 

 

必ずしもそれが正しいという訳ではないので、了承してほしい


 

 

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そのほとんどが散逸

 

 

 

さて、悲しいかな古書の宿命として、その内容の一部散逸や後世の注釈による解釈の捻じ曲げの被害に遭うこともしばしばです。

 

 

呉子は特にひどいもので、元々48もの章で構成されていた兵法書でありながら、現代に伝えられているのはたったの6章のみとなってしまっています。

 

 

もっとも、この6章というのも諸説あり、本当に内容のほとんどが散逸してこれだけしか残っていない説とか誰かが48章を6章に統合した説とかありますが……まあともれ、現存するのは6章のみというのは視野に入れていただけるとありがたいです。

 

 

当然、それだけしか残っていないぶん孫子と比べても短く、一見すると心許なくも見えるでしょう。

 

 

 

……が、その辺りはご安心を。これだけでも、呉子の兵法の真髄を知る上での最低限の部分はしっかり残っており、勉強になる部分も多いです。

 

 

 

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6章それぞれの概要

 

 

 

 

さて、現存している6章それぞれの簡単な概要を見てみましょう。

 

 

 

まず、第一章は『図国』編。

 

文字通り、国を図る、つまり、戦争前の国内意識統一や政治の安定を主に説いた部分ですね。

 

 

孫子も呉子も、戦争前の注意事項は似たような部分が多いです。というか、だいたいの兵法書では似たようなことが書かれています。

 

 

しかし、孫子はどちらかというと道教的な思想の一端が見えるのに対し、呉子は儒教と法家のスクランブル。同じものを目指すにしても、細かな着眼点や細かな手法に差異があります。

 

他にも戦争の起こる原因を独自の観点から推察したり、特に「団結力」に重きを置いた解説をしていたりと転用できる部分は多いですね。

 

 

続けての2章は『料敵』編。

 

こちらでは、呉子が仕えていた魏の近隣諸国の情勢を主君と語らった話をベースに、「戦うべきかどうかの判断は自分にある」「しっかりと敵を観察し、勝てるかどうか、またどこを攻撃すれば勝てるかを考えよ」といった話になっています。

 

孫子兵法にあった「彼を知り己を知れば百戦殆からず」。この言葉の意味を掘り下げて語られた内容となっており、情報収集の大切さを今一度確認させられます。

 

 

 

3章では『治兵』編。つまり、兵の統率の取り方ですね。

 

戦争は、兵士たちが気合いでするものではなく、「将帥がいかに兵の力を前回まで引き出すか」が肝になります。この辺り、現代でも似たようなことが言えますね。

 

 

適材適所、信賞必罰をしっかりと心がけ、兵たちが喜んで、自主的に命令に従うように仕向ける。この大切さと手法が説かれています。

 

 

 

 

4章は『論将』編で、治兵編の掘り下げの他にも指揮官の適性やあり方について主に語られています。

 

 

戦いのセッティング、信賞必罰、兵の力を引き出す。すべては将たる者の在り方、本人の取り組み方次第なのですね。

 

さすがに戦争だけあって厳しい物言いは多いですが、「理想の上司とはなんなのか」というヒントが、ここに書かれているかもありません。

 

 

 

 

5章の『応変』編は、まさに「こんなときどうする」というシチュエーション別の話ですね。スミマセン、だいたいこのくらいから独自解釈を強引にねじ込んでいます。

 

というのも、ここではいろんな戦況に応じた戦い方が、事細かに記されているのですね。ぶっちゃけ、素直に文面だけを受け取っても、当時の戦争観はうかがい知れても現代への転用は難しいでしょう。

 

 

そこで、私なりに似たようなシチュエーションを思い浮かべ、現代に当てはめて考えた内容も途中に混ぜ込んでいます。

 

 

もしも別の画期的な解釈法が浮かびましたら、そっちを信じるのもアリでしょう。

 

 

 

そして最後の6章、『励士』編。

 

ここは、呉子流の兵の鼓舞、激励方法が、ダイレクトにそのまま載っています。というのも、「呉子がどのようにしたか」という半分列伝の一節みたいになっている部分ですね。

 

さすがにそのまま なのは味気ないので私なりに噛み砕いていますが……一応「何をどうしたのか」という部分だけはそのまま記しています。

 

大事なのは役割分担!流れと団結を大事にした孫子と違い、呉子は「合理的な適材適所での、各々の役割だけを考えた運用法」を念頭に置いて兵を統率しています。

 

兵たちにそれぞれの役割を明確化し、余計なことをさせず役割だけに集中させるというスタンスですね。

 

 

 

ぶっちゃけどーでもいい話だが……

 

この辺の呉子による役割理論って、欧米風の人材活用法でもあるよな。

 

 

あと、変わったところだとポ〇モンとかドラ〇エモンスターズみたいなゲームにも活用できるかもしれん


 

 

 

……とまあ、余計な話が入り込んだものの、以上の6章が呉子兵法の大まかな概要ですね。

 

この手の兵法書は心理学や哲学にも妙に入り込んでいる部分があるので、案外単純な読み物としても、楽しめる人には楽しめる……かも。

 

 

 

まあなんにしても、孫子ばかりでなく呉子にもたまには注目していただきたいところ。

 

…………流行らねぇかなぁ………………


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