呉子:一章 『図国』 前編
呉子の教え数十章のうち、現存しているものはたったの6章。
そのうちの最初の章は、「国を図る」。つまり、戦争よりもまず国家の安定を説いたものですね。
戦いの場には、常に万全な態勢で臨むべき。勝ってなんぼの世界に、準備不足のまま天運任せに挑むのはそれだけ危険という事ですね。
どの兵法書も、だいたい似たような理屈の事が書かれてあります。が、やはり著者が違えば論点や着眼点にも違いが出る物。
例えば孫子では物資面をメインで語っていましたが、呉子はこの前準備の段階では、士卒の団結と能力、意識といった「人」の部分に比重を置いて語られています。
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まず和して、而して後に大事を造す
呉子が何よりも重要視するのは、人の団結です。そのため、まずは軍内の不和を無くすことを第一に述べていますね。
そこで、呉子が挙げた、軍中の団結を乱す不和はこの四点。
1.国内の不和
2.軍内部の不和
3.部隊間の不和
4.兵士間の不和
兵士は領民や豪族の私兵の集まりです。そのため、まず国内がギスギスしていては、豪族も兵を提供しませんし、兵士も集めたところで逃げ出すことも多いでしょう。
また、軍内の団結がガタガタならば部隊配置や準備段階で問題が起きますし、部隊間が不仲なら統率をとるのも難しいでしょう。
兵士間の個人的なギスギスも、大きくなれば勢いや統率を活かすことができず、やはり勝利を得るのは至難の業と言えます。
そこで、賢明な君主は国や軍の一致団結を図ってから、戦いに臨むわけですね。
孫子でも述べていた廟算や慎重な開戦の決断なんかは勝機を図るためのものであると同時に、もし戦うことになった場合も、「慎重な決断の上で開戦に臨んだ=しょーもない無駄死にをさせる君主ではない」というアピールも兼ね、国民や兵士の信用度を底上げする効果も持っているのです。
現在の仕事でもそーだわな。
感情任せに無計画のままあれこれ実行する経営者は、信用ならんと思われることが多いだろう。
特に規則や決まりなんかはコロコロ変えて下を混乱させてると人望なんて一気に消し飛ぶぞ
夫れ道は、本に反り始めに復る所以なり
続けて呉子は、道、義、礼、仁の四つを「あれば国を隆盛させ、無ければ国が滅亡する徳行である」と述べています。
それぞれ何故必要なのかは、以下の通り。
道 | 原本原則に立ち返り、本来の正しい原則に立ち返るために必要。 |
---|---|
義 | 事業を行い、大事を成し遂げるためのもの。 |
礼 | 災いを避けて利益を得る手段。 |
仁 | 人を治めて成果を上げるためのもの。 |
若行不合道 擧不合義
而處大居貴 患必及之
若し行い道に合わず、挙、義に合わずして、
大に処り貴に居らば、患い必ず之に及ぶ
道義に背いた人間が高貴な立場に安住していれば、いずれ災禍によって安住を追われることになる。
だからこそ、道理にしたがって人を安堵させ、正義を以って国を治め、礼儀を以って人を動かし、仁愛を以って人民を慈しむことが、国を反映させる秘訣であるとしているのですね。
呉子は法家思想を兵法に取り入れながら、自身は当時無名だった儒教思想に影響を受けていたらしい。
それゆえに、この四つの徳を重視したわけだな。
道 ― 自然の道理
義 ― 私欲に駆られない功利的思想
礼 ― 礼儀作法や上下関係の区別
仁 ― 人を愛し慈しむ心
いずれも古代の中華思想ではかなり重要視されたことだな。
おっさんはこういうゴテゴテした押し付けみたいな善意思想は好かんが、言いたいことには納得してしまう
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守りて勝は難し
続けて呉子の言葉で続くのは、防戦に関する話…………なのですが、その前にもう少しだけ先ほどの4つの徳の話が続いています。
凡制國治軍 必教之以禮 勵之以義 使有恥也
凡そ国を制し軍を治むるには、必ず之を教うるに礼を以ってし、之を励ますには義を以ってし、恥あらしむるなり
国の統治も軍の統率も、やはり4つの徳をうまく使いこなしてなんぼというわけですね。
礼儀作法を教化浸透させていき、義を訴えて人を激励、奮起させる。
こうして人民や兵士の人としての格を高め、恥を恥としてしっかり認識させることが、一致団結して攻防どちらにおいても勝利する秘訣というわけです。
さて、そう語った次からようやく本題に入っていくわけですが……呉子曰く、こういう事らしいです。
然戰勝易 守勝難
然れども戦いて勝つは易く、守りて勝つは難し
単に「戦って勝つのは簡単」と述べているところに「ギョッ」と思わないでもないですが……本当にたやすく勝ちを得てしまう呉子をもってしても、防衛戦で勝つのは難しいと断じています。
一見地の利があって有利な印象のある防衛ですが……それは全員が言われなくても知っている事実。孫子にも、「領内での戦いは安心感から士気が減退する」と書かれており、必ずしもデータ通りとはいかないのでしょう。
そこで呉子は、「戦いまくって連戦連勝している国家は大概滅亡している」と断じ、以下の言葉を残しています。
五勝者禍 四勝者弊 三勝者霸 二勝者王 一勝者帝
五度勝つ者は禍なり。四度勝つ者は弊ゆ。三度勝つ者は覇たり。二度勝つ者は王たり。一度勝つ者は帝たり。
五回も勝ってしまえば逆に災いを呼び、四回ならば国の疲弊は避けられない。
三回勝ってもその場の覇者止まり。二回勝てば王となり、一度の勝利で決着できれば帝となれる。
要するに、一度の戦役や戦乱で何度戦争による勝利を飾るかの目安と言いますか、物のたとえの一環ですね。
何度も戦ってそのたびに勝っても、戦争で生じた疲れや混乱は常に背後に付きまといます。だからこそ、戦闘そのものの回数を控えめに抑えることが、戦争において大事なことなのです。
現代で言うと、一回の競争での勝敗とかがこれに当たるかもな。ああいう神経を使うピリピリしたものは、人の体力をごっそり持っていく。
臨戦態勢はそう長く続けられるものではないというわけだな
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凡そ兵の起こる所の者五有り
呉子は、戦争が引き起こされる原因、そしてそれによって引き起こされる戦争を、それぞれおおよそ5つに大別しています。
分類 |
原因 | 解説 |
---|---|---|
義兵 |
功名心 | 世の乱れを救う正義の戦い |
強兵 |
利益、所有欲 | 大勢力を恃んで弱小勢力の領土を攻め取る戦い |
剛兵 |
恨みや憎しみ | 個人的な感情から引き起こされる戦い |
暴兵 |
風紀や治安の乱れ | 正義もクソもなく、いきなり襲撃しては略奪を働く戦い |
逆兵 |
内部の生活困窮 | 国内が疲弊しているのに動員を強行して仕掛ける戦い |
以上の5つが、呉子による戦争の原因と概要の説明ですね。
そしてそれぞれに対する対抗策が、以下の通り。この辺りは孫子とも似通っていて、いずれも「相手に合わせて対応を考える」のが理想とされていますね。
1.義兵は大義名分がなければ引き起こせない。礼を以って接し、口実を潰してやればよい。
2.強兵は、戦力差が歴然だからこそ引き起こせる。下手に逆らわず、へりくだっておくことが重要。
3.私情で引き起こされる剛兵は、その怒りを外交でやわらげるのが先決。
4.略奪目的の暴兵に統率無し。計略を用いるべし。
5.逆兵は疲れからか判断は鈍い。謀略でその虚を突いて封殺すべし。
いずれにしても、直接対決にもつれ込む前に取るべき手段の説明ですね。
防戦は難しいからこそ、しなくて済むように何とかする。その姿勢が大事なのかもしれません。